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春嵐ランサー44



仕事があるからと言って矢立が立ち去った後
なつきも早々にリハビリセンターへと向かって行った。
本日から新しい担当となる作業療法士は
真田紫子と言う名前の聖母系の見るからに優しそうな女性で
右目の下に泣きぼくろがあったり胸が大きかったり
むちむちとした肉感的なボディが色気もクソもない制服なのに
どう言う訳か全然隠し切れていなかったりと
ナチュラルな艶が溢れ過ぎて目に毒なタイプである。
しかも左手の薬指には銀色に輝く指輪が嵌められている為に
人によっては更にそそられる事間違いなしのある意味キケンな人物だ。
実際セクハラまがいの事をよくされているようで
矢立を筆頭に他の同僚がフォローに回りつつ
いやらしい目線を向けている光景を頻繁に見掛ける。
酷い場合にはリーダーよりも余っ程頼りになる看護師長に直接連絡が行って
以降自分が担当となって若い看護師と関わらせないようにするので
一部の男性陣からは名前をもじって鬼のミス・マリアと呼ばれているらしい。
ちなみにその性格の厳しさから同僚からも密かにそう呼ばれていたりする。
それだけに静留も以前からその存在は知ってはいたのだが
まさかあの彼女がなつきの担当になるとは……と妙な感慨を覚えつつ
リハビリしているのだから仕方ないとは言え
うらやまけしからん胸があらゆる場所にモニュっと押し付けられ
自分がまだ触れた事のない場所に平然と手を這わせてゆく光景を見ていると
どうしようもなく苛立つのと同時に激しい悔しさにも見舞われる。
しかし同性愛を是としてこれまで生きて来ただけに
女性同士が絡み合う素敵な光景を否定し切れない。
お陰でエロ漫画で一大ジャンルとして認められているであろう
“寝取られているのに興奮してしまう男性” のようになってしまった静留は
色んな意味で鼻息を荒くしつつ本日も遠くからなつきの頑張りを見守った。
その姿はまるで某star of the giantsに出て来る姉のようであり
実際に一部のシニア世代にはそう思われている。
例えば静留をナンパしたあの老爺達がそうだ。
まぁそうは言っても今はミス・マリアに大目玉と同時に出禁を食らい
次見付かったら何をされるか判らないと
すっかり怯えてリハビリセンターに近付けないでいる為
静留にちょっかいを出す事はおろかハァハァしている姿を目にする事もないのだが。
そんな訳でなんとか無事に社会的な死を迎えずに済んだ静留は
いつものように時間を見計らい今やって来ましたみたいな顔をして
リハビリセンターから出て来たなつきの前に姿を現した。

「なーつき、今日もお勤めご苦労様でしたなぁ」
「静留……っふ、なんかそんな言い方されると私の奥さんみたいに聞こえるな」
「ええやない、実際うちはあんたの通い妻なんやし?」
「ぅぐ。 確かにそうだけど、ドヤ顔で言う事じゃないだろ」
「ふふっ、なつきはほんまに照れ屋さんどすなぁー」

明らかに少しからかっただけなのに
妻と言う響きに反応して途端に頬を薄紅色に染めたなつきが可愛らしくて
静留はついご機嫌な声で歌うようにしてそう言葉を返した。
それに対してなつきは事実なだけに言い返せなくて
咄嗟にそっぽを向いてうぐぐと小さく呻く。
なんて事のない反応ではあるが
好きな人の所作と言うのは往々にしてとても愛おしく感じるものである。
だから静留の胸も堪らずキュンっと切ない程に締め付けられた訳だが
しかしその所為で思ってしまう、期待してしまう。

―――こうして反応してくれていると言う事は、脈があるのではないかと。

そんなの、都合の良い幻想だ。
勝手な期待は身を滅ぼすだけだと
今まで数々の女性を弄んで見限って来た自分だからこそ良く判っている筈なのに
恋をしている、と言うだけでこんなにも心が乱される。
なんて滑稽なんだと思ってつい口の端をシニカルに歪ませる静留であったが
こうして割り切れない想いを抱えていると言う事実が
自分の恋は本物だと証明しているようで思わずホッと安堵する。
本当は、ずっと不安だったのだ。
これまで真実他人に想いを寄せた事もなければ信用した事さえない自分が
果たして恋などそんな甘い響きのある感情を持ち合わせているのか、と。
でもなつきが近くに居るだけで胸に熱が灯って、とくりとくりと優しい早鐘を打つ。
視線を向けてくれれば、それで笑ってくれたりなんかしたら、もう十分だ、と思う。
全然そんな事はないのは百も承知だが
でもその一瞬だけは確かにもう何も要らないと心から感じるのだ。
これが好きでなくて、恋でなくてなんなのだろう。
そんな風に安堵する静留は切ない微笑を浮かべながら
なつきの少し後ろを歩いていたのだが
病室に戻るなり不意に立ち止まった事でつられて立ち止まった。

「なつき?」
「うーん……色々考えたんだが、京藤で良いか?」
「……はい?」
「あぁ、さっきの話だ。
お前と矢立さんで食事する事になっただろ?
でも私はキチンとした店には詳しくないし
二人揃って大変な仕事だからあんまり遅くなってもいけないじゃないか。
だから私がリード出来て二人が楽しめるってなったら
競馬場の中にある店で一緒にご飯食べてレース見て
それで解散するのが一番だと思ったんだが……静留はどう思う?」
「どう、と言うか……そもそもほんまに三人で食事会するつもりやったんどすか」
「えっ!?」

色々ツッコミどころはあるが、静留的にはまずソコが一番問題だった。
言わずもがなあの男となつきを挟んで食事会なんて嫌で仕方がないからだ。
しかしまさか馬鹿正直に気持ちを訴える訳にもいかない静留は
自分の印象を落とさない事を大前提に
すっかり混乱してしまっているなつきを丸め込む事にした。

「相変わらずあんたは真面目やねぇ。
今のご時世患者とプライベートで会うのは問題がありますから
まさかほんまに食事会する訳にはいきませんやろ?」
「あ……そ、そうか……そうだよな、社交辞令に決まってるよな」
「多分なぁ……なつきは、残念やったりしますん?」
「そりゃまぁ世話になったからな、ちゃんと礼はしたかった。
でも差し入れって方法もあるし、残念とまではいかないぞ」
「あら、あくまで筋は通さはるんやね」
「何当たり前な事言ってるんだ?」

世話になったら礼をする。
確かにそれはとても当たり前な事だが
なんだかその語り口が礼儀を重んじる堅苦しい武士のようで
静留はそんな所も可愛いなと思わず笑みが零れた。
だけどやっぱり面白くはなくて
包み込むように手首の調子を何気なく確かめていたなつきの肩を抱いた。

「うちはなつきのそう言う律儀なとこ好きやけど……
あんまりそうやって自分の間合いに他の人入れんといてな」
「し、静留?」
「えらい、心配なんよ。
あんたは義理堅いよって、悪い人にソレ利用されへんかなって」
「……なんだろう、物凄く見る目がない奴だって言われてる気がするんだが」
「まさか、うちは大真面目に心配してるだけどすえ。
そやけど矢立さんに気を付けた方がええんは確かやね」
「え、何故だ? あの人は良い先生だぞ?」
「……はあ。 だから、心配なんどす」
「お、おい、なんで其処でそんな大きな溜息吐くんだ。
それに心底呆れた目で私を見るのもやめろ」
「あんたがあの人に全幅の信頼を寄せるんやめてくれたら考えますわ……」
「あからさまにないだろなって思ってる顔だな……
ったく、そんなに私を取られたくないのか?」
「……は、ぃ?」

唐突に思いもしなかった言葉を投げ掛けられて
静留は思わずひくりと目元を引き攣らせた。



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